運動学的回折理論

運動学的回折理論(うんどうがくてきかいせつりろん、: kinematical diffraction theory)とは、回折現象を扱うときに一回散乱(回折)のみを考慮(ボルン近似)し、回折による入射光の減少を考慮しない理論のこと。

一方で、多重散乱を考慮した理論のことを動力学的回折理論という。

散乱確率の低いX線回折中性子回折では運動学的な理論で概ね説明ができる。散乱確率の高い電子線回折では、動力学的な理論による取り扱いが必要となる。

電子の運動学的回折理論

原子による散乱

詳細は「散乱理論」を参照

1つの原子による電子の弾性散乱では、相互作用ポテンシャルを V(r) とすると、散乱波の波動関数は次のように表される。

ψ ( r ) = e i k z + f ( θ , ϕ ) e i k r | r | {\displaystyle \psi (\mathbf {r} )=e^{ikz}+f(\theta ,\phi ){\frac {e^{i\mathbf {k} \cdot \mathbf {r} }}{|\mathbf {r} |}}}

ここで f(θ, φ) は原子による散乱振幅で、原子散乱因子と呼ばれる。たとえば原子による電子散乱では、原子散乱因子は原子ポテンシャルのフーリエ変換である。

f ( θ , ϕ ) = m 2 π 2 V ( r ) e i K r d r {\displaystyle f(\theta ,\phi )=-{\frac {m}{2\pi \hbar ^{2}}}\int V(\mathbf {r} ')e^{i\mathbf {K} \cdot \mathbf {r} '}d\mathbf {r} '}

ここで K は入射波と散乱波との差を表すベクトルであり、散乱ベクトルと呼ばれる。散乱強度(散乱断面積)は原子散乱因子を用いて次のように表される。

I ( θ , ϕ ) = | f ( θ , ϕ ) | 2 {\displaystyle I(\theta ,\phi )=|f(\theta ,\phi )|^{2}}

結晶構造因子

結晶による電子散乱では、V(r) を結晶による相互作用ポテンシャルに置き換えればよい。結晶における V(r) は次のような並進対称性を持つ。

V ( r ) = V ( r + n 1 a 1 + n 2 a 2 + n 3 a 3 ) {\displaystyle V(\mathbf {r} )=V(\mathbf {r} +n_{1}\mathbf {a} _{1}+n_{2}\mathbf {a} _{2}+n_{3}\mathbf {a} _{3})}

ここで次式で定義される結晶構造因子を導入する。

F = m 2 π 2 u n i t   c e l l V ( r ) e i K r d r {\displaystyle F=-{\frac {m}{2\pi \hbar ^{2}}}\int _{\mathrm {unit\ cell} }V(\mathbf {r} )e^{i\mathbf {K} \cdot \mathbf {r} }d\mathbf {r} }

すると結晶による散乱強度(回折強度)は結晶構造因子の絶対値の2乗に比例することがわかる。

I c r y s t a l ( θ , ϕ ) = | F | 2 i = 1 3 sin 2 ( N i K a i / 2 ) sin 2 ( K a i / 2 ) {\displaystyle I_{\mathrm {crystal} }(\theta ,\phi )=|F|^{2}\prod _{i=1}^{3}{\frac {\sin ^{2}(N_{i}\mathbf {K} \cdot \mathbf {a} _{i}/2)}{\sin ^{2}(\mathbf {K} \cdot \mathbf {a} _{i}/2)}}}

つまり結晶全体の構造因子は、単位格子内の基本構造の干渉を表す結晶構造因子と、格子による干渉を表す関数(平行6面体の場合はラウエ関数、回折条件についての情報を含む)との積で表される。

回折条件

回折強度の式に含まれる次の関数を考える。

sin 2 ( N i K a i / 2 ) sin 2 ( K a i / 2 ) {\displaystyle {\frac {\sin ^{2}(N_{i}\mathbf {K} \cdot \mathbf {a} _{i}/2)}{\sin ^{2}(\mathbf {K} \cdot \mathbf {a} _{i}/2)}}}

これは Ni が十分に大きければ、Kai/2 = π × n(ただし n は整数)でのみ値を持ち、それ以外は0であるデルタ関数となる。よって回折強度が0でない条件(回折条件)は、次のラウエ条件で与えられる。

K a i = 2 π × n {\displaystyle \mathbf {K} \cdot \mathbf {a} _{i}=2\pi \times n}

このことは、結晶の逆格子ベクトル Ghkl = ha*
1
 
+ ka*
2
 
+ la*
3
 
と散乱ベクトル K = kik が一致することと同等である[1]

G h k l = K {\displaystyle \mathbf {G} _{hkl}=\mathbf {K} }

このことを逆格子空間で考えると、エワルド球上に逆格子点が存在していることに対応している。

またこの式の両辺の絶対値をとるとブラッグの法則が得られる。

X線の運動学的回折理論

電子によるX線散乱では、原子散乱因子は電子密度のフーリエ変換となる。そこからX線での結晶構造因子を導入すると、電子回折と同様の議論ができる。

脚注

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参考文献

  • 村田好正『表面物理学』朝倉書店朝倉物理学大系〉、2003年3月28日。ASIN 4254136870。ISBN 978-4-254-13687-6。 NCID BA61617154。OCLC 54660768。全国書誌番号:20393762。http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-13687-6/ 
  • 今野, 豊彦『物質からの回折と結像―透過電子顕微鏡法の基礎』共立出版、2003年12月25日。ASIN 4320034260。ISBN 978-4-320-03426-6。 NCID BA65112477。OCLC 54920860。全国書誌番号:20543772。http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320034266 
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