空間的相互作用

空間的相互作用(くうかんてきそうごさよう、英語: spatial interaction)とは、地域間における流動[注釈 1]のことをさす地理学の用語である[2]。この用語は、アメリカ合衆国の地理学者のエドワード・アルマンにより用いられはじめた[3]

原理

空間的相互作用には原理が3つ存在し、それぞれ、補完性、介在機会、可動性とよばれる[2]

補完性complementarity)とは、地域間流動は、発地での供給(放出性)と着地での需要(吸引性)が存在することで起こるという考え方である[2]

介在機会intervening opportunity)とは、別の供給地の存在の影響で地域間流動が小さくなるという考え方である[2]

可動性transferability)とは、2地域間の距離の増大に伴い空間的相互作用が弱化する、地域間流動は交通費用が限界値に達しない場合に起こるという概念である[2]

この原理はUllman (1956)により提唱され、当初は経験則であったが、1960年代以降は空間的相互作用モデル群の根拠として利用されていった[2]

空間的相互作用モデル

m {\displaystyle m} 個の発地と n {\displaystyle n} 個の着地における流動について、 m {\displaystyle m} n {\displaystyle n} 列のO-D行列[注釈 2]を考える[5]。発地 i {\displaystyle i} から着地 j {\displaystyle j} への流動量 T i j {\displaystyle T_{ij}} は、行列の ( i , j ) {\displaystyle (i,j)} 成分として表される[5]。空間的相互作用モデルをつくるためには、 T i j {\displaystyle T_{ij}} を説明するモデル式をつくることが求められる[5]

空間的相互作用モデルの式は一般に

T i j = k V i α W j γ f ( d i j ) {\displaystyle T_{ij}=k{V_{i}}^{\alpha }{W_{j}}^{\gamma }f(d_{ij})}
(1)

と表される( k {\displaystyle k} は定数(調整項)、 V i {\displaystyle V_{i}} i {\displaystyle i} の放出性、 W j {\displaystyle W_{j}} j {\displaystyle j} の吸引性、 α {\displaystyle \alpha } および γ {\displaystyle \gamma } は放出性・吸引性に関するパラメータ d i j {\displaystyle d_{ij}} は発着地 i j {\displaystyle ij} 間の距離、 f ( d i j ) {\displaystyle f(d_{ij})} は距離逓減関数[注釈 3][7] k {\displaystyle k} α {\displaystyle \alpha } γ {\displaystyle \gamma } f ( d i j ) {\displaystyle f(d_{ij})} を定めることでモデル式を決定できる[8]

空間的相互作用モデルは、より一般に、以下の式で表される[5]

T i j = f ( V i , W j , d i j ) {\displaystyle T_{ij}=f(V_{i},W_{j},d_{ij})}
(2)

すなわち、空間的相互作用モデルは、2地域間の複雑な流動量 T i j {\displaystyle T_{ij}} を、 V i {\displaystyle V_{i}} W j {\displaystyle W_{j}} d i j {\displaystyle d_{ij}} の3変数のみで説明している[5]。かつ、このモデル式は簡単でわかりやすい式であること、現実の状況への適合性が高いことが評価理由となっている[9]

空間的相互作用モデル族

空間的相互作用モデル族family of spatial interaction models)とは、発生―吸収制約モデル、発生制約モデル、吸収制約モデル、無制約モデルの総称のことである[10]Wilson (1974)により提示された[11]

ここで、発地 i {\displaystyle i} における発生流動量の総和を O i j {\displaystyle O_{ij}} 、着地 j {\displaystyle j} における吸収量の総和を D i j {\displaystyle D_{ij}} とすると、以下の式が成立する[5]

j = 1 n T i j = O i j {\displaystyle \sum _{j=1}^{n}T_{ij}=O_{ij}}
(3)
i = 1 m T i j = D i j {\displaystyle \sum _{i=1}^{m}T_{ij}=D_{ij}}
(4)

4つの空間的相互作用モデルは、式(3)・式(4)の成立の有無より分類される[10]

発生―吸収制約モデル

発生―吸収制約モデルproduction-attraction-constrained model)は、 O i {\displaystyle O_{i}} および D j {\displaystyle D_{j}} ともに既知であり、式(3)・式(4)がともに成立する場合である[12]二重制約モデルdoubly constrained model)ともよぶ。よって発生―吸収制約モデルは、均衡因子[注釈 4] A i {\displaystyle A_{i}} B j {\displaystyle B_{j}} を用いて、以下の式で表される[6]

T i j = A i B j O i D j f ( d i j ) {\displaystyle T_{ij}=A_{i}B_{j}O_{i}D_{j}f(d_{ij})}
(5)

なお、 A i = 1 j = 1 n B j D j f ( d i j ) {\displaystyle A_{i}={\frac {1}{\sum _{j=1}^{n}B_{j}D_{j}f(d_{ij})}}} B j = 1 i = 1 m A i O i f ( d i j ) {\displaystyle B_{j}={\frac {1}{\sum _{i=1}^{m}A_{i}O_{i}f(d_{ij})}}} である[注釈 5][13]

発生―吸収制約モデルは、通勤モデルなどで用いられる[注釈 6][15]

発生制約モデル

発生制約モデルproduction-constrained model)は、 O i {\displaystyle O_{i}} は既知であり式(3)は成立するが、 D j {\displaystyle D_{j}} は未知である場合である[12]。よって発生制約モデルは、均衡因子 A i {\displaystyle A_{i}} を用いて以下の式で表される[16]

T i j = A i O i W j γ f ( d i j ) {\displaystyle T_{ij}=A_{i}O_{i}{W_{j}}^{\gamma }f(d_{ij})}
(6)

なお、 A i = 1 j = 1 n W j γ f ( d i j ) {\displaystyle A_{i}={\frac {1}{\sum _{j=1}^{n}{W_{j}}^{\gamma }f(d_{ij})}}} である[注釈 7][16]

発生制約モデルは、買物行動モデルなどで用いられる[注釈 8][17]

吸収制約モデル

吸収制約モデルattraction-constrained model)は、 D j {\displaystyle D_{j}} は既知であり式(4)は成立するが、 O i {\displaystyle O_{i}} は未知である場合である[12]。よって吸収制約モデルは、均衡因子 B j {\displaystyle B_{j}} を用いて、以下の式で表される[16]

T i j = B j V i α D j f ( d i j ) {\displaystyle T_{ij}=B_{j}{V_{i}}^{\alpha }D_{j}f(d_{ij})}
(7)

なお、 B j = 1 i = 1 m V i α f ( d i j ) {\displaystyle B_{j}={\frac {1}{\sum _{i=1}^{m}{V_{i}}^{\alpha }f(d_{ij})}}} である[注釈 9][16]

吸収制約モデルは、居住立地モデルなどで用いられる[注釈 10][注釈 11][17]

無制約モデル

無制約モデルunconstrained model)は、 O i {\displaystyle O_{i}} および D j {\displaystyle D_{j}} ともに未知の場合である[12]。制約条件もない[15]。モデル式は式(2)と同じで、以下の通りである[15]

T i j = k V i α W j γ f ( d i j ) {\displaystyle T_{ij}=k{V_{i}}^{\alpha }{W_{j}}^{\gamma }f(d_{ij})}
(8)

無制約モデルの代表例として、古典的な重力モデルが挙げられる[17]

重力モデル

詳細は「重力モデル」を参照

重力モデルgravity model)は、空間的相互作用モデルの中で最古のものであり[21]、地理学では交通流動研究などで用いられてきた[22]。1950年代以降によく注目されるようになったが、多くの問題点も抱えていた[23]

エントロピー最大化モデル

詳細は「エントロピー最大化モデル」を参照

エントロピー最大化モデルentropy maximising models)は、アラン・G・ウィルソン(英語版)により導出された空間的相互作用モデルである[24]エントロピーの概念を用いて、統計力学的な方法でパーソントリップを分子運動のように捉えることでモデル式が導かれた[24]。また、このモデルが重力モデルの理論的な根拠を説明したことで、重力モデルの問題点の一部の解消につながった[25]

脚注

注釈

  1. ^ 人口移動や、物資・貨幣・情報の流動など[1]
  2. ^ O-D行列とは、2地点間での流動量を表示する地理行列相互作用行列)のことで、旅客や貨物などの流動の表示に使用できる[4]
  3. ^ 距離逓減関数では、パワー形 f ( d i j ) = d i j β {\displaystyle f(d_{ij})={d_{ij}}^{\beta }} または指数形 f ( d i j ) = exp ( β d i j ) {\displaystyle f(d_{ij})=\exp(-\beta d_{ij})} が使用されることが多い[6]
  4. ^ 均衡因子balancing factor)とは、制約条件を満たす定数のことであり、調整項 k {\displaystyle k} の代替で用いられる[10]
  5. ^ 式(5)を、式(3)・式(4)に代入して求められる[13]
  6. ^ 地域 i {\displaystyle i} の住宅から地域 j {\displaystyle j} の職場への通勤を考え、地域 i {\displaystyle i} を発地とする通勤者数を H i {\displaystyle H_{i}} 、地域 j {\displaystyle j} を着地とする通勤者数を E j {\displaystyle E_{j}} とおくとき、以下の2つの条件
    j = 1 n T i j = H i {\displaystyle \sum _{j=1}^{n}T_{ij}=H_{i}}
    i = 1 m T i j = E j {\displaystyle \sum _{i=1}^{m}T_{ij}=E_{j}}
    を満足するため、通勤モデルは発生―吸収制約モデルと判断できる[14]
  7. ^ 式(6)を式(3)に代入して求められる[16]
  8. ^ 地域 i {\displaystyle i} の住民が地域 j {\displaystyle j} の商店で買い物を行う場合を考え、地域 i {\displaystyle i} の住民の総消費金額を O i {\displaystyle O_{i}} 、地域 j {\displaystyle j} の商店の総販売額を D j {\displaystyle D_{j}} とおくとき、総消費金額 O i {\displaystyle O_{i}} は、住民の収入の制約を受けるため上限値があるが、総販売額 D j {\displaystyle D_{j}} は固定値をとらないため、買物行動モデルは発生制約モデルと判断できる[17]
  9. ^ 式(7)を式(4)に代入して求められる[16]
  10. ^ 地域 j {\displaystyle j} での労働者が、就業先周辺の地域 i {\displaystyle i} に居住する場合を考える[18]。このとき、地域 j {\displaystyle j} での労働者数 D j {\displaystyle D_{j}} には上限があるが、居住地域は労働者が自由に選択でき、地域 i {\displaystyle i} の人口 O i {\displaystyle O_{i}} は固定値をとらないため、この居住立地モデルは吸収制約モデルと判断できる[17]
  11. ^ ただし、この居住立地モデルでは住宅供給を行う側の事情や、住宅環境の地域差による居住地選択の違いを考慮していない[19]。このため、支出可能な住宅価格を制約条件を加えた居住立地モデルも存在し、そのモデルは発生―吸収制約モデルに該当する[20]

出典

  1. ^ 杉浦 1989, p. 85.
  2. ^ a b c d e f 村山 2013, p. 159.
  3. ^ 石川 1988, p. 3.
  4. ^ 村山・駒木 2013, p. 24.
  5. ^ a b c d e f 村山 2013, p. 160.
  6. ^ a b 村山 2013, p. 162.
  7. ^ 村山 2013, pp. 160–161.
  8. ^ 村山 2013, p. 161.
  9. ^ 石川 1988, p. 7.
  10. ^ a b c 石川 1988, p. 29.
  11. ^ 張 2011, p. 4.
  12. ^ a b c d 高阪 1979, p. 3.
  13. ^ a b 村山 2013, pp. 162–163.
  14. ^ 高阪 1979, p. 5.
  15. ^ a b c 村山 2013, p. 164.
  16. ^ a b c d e f 村山 2013, p. 163.
  17. ^ a b c d e 村山 2013, p. 165.
  18. ^ 石川 1988, p. 100.
  19. ^ 石川 1988, p. 102.
  20. ^ 石川 1988, pp. 102–103.
  21. ^ 石川 1988, p. 12.
  22. ^ 村山 2013, p. 166.
  23. ^ 石川 1988, p. 23.
  24. ^ a b 村山 2013, p. 167.
  25. ^ 杉浦 1986, p. 171.

参考文献

  • Ullman, E. L. (1956). “The role of transportation and the bases for interaction”. In W. L. Thomas. Man's Role in Changing the Face of the Earth. University of Chicago Press. pp. 862-880 
  • Wilson, A. G. (1974). Urban and Regional Models in Geography and Planning. John Wiley and Sons. 
  • 石川義孝『空間的相互作用モデル―その系譜と体系―』地人書房、1988年。ISBN 4-88501-061-6。 
  • 高阪宏行「空間的相互作用モデルとその展開」『人文地理学研究』第3巻、1979年、1-11頁。 
  • 杉浦芳夫 著「空間的相互作用モデルの近年の展開」、野上道男、杉浦芳夫 編『パソコンによる数理地理学演習』古今書院、1986年、138-185頁。ISBN 4-7722-1366-X。 
  • 杉浦芳夫『立地と空間的行動』古今書院〈地理学講座〉、1989年。ISBN 4-7722-1231-0。 
  • 張長平「空間的相互作用による地域間の人口移動分析―在日中国人を事例として―」『国際地域学研究』第14巻、2011年、1-13頁。 
  • 村山祐司、駒木伸比古 著「地域分析に役だつ多変量解析」、村山祐司・駒木伸比古 編『新版 地域分析』古今書院、2013年、19-27頁。ISBN 978-4-7722-5272-0。 
  • 村山祐司 著「地域間の流動をみいだす」、村山祐司・駒木伸比古 編『新版 地域分析』古今書院、2013年、159-170頁。ISBN 978-4-7722-5272-0。